~理論で終わらせない 実務で使うMBSE~

MBSE入門

初心者~中級者向け

この記事にたどり着いた方は、おそらく「MBSEってなに?」「MBSEとか要らないんじゃないの?」「自動車開発ってMBSEは必要なの?」等といった疑問をお持ちなのではないかと思います。

そういった方々へ、MBSEは何故必要なのかを自動車開発目線でご説明します。

これまではMBSEは不要であった

自動車がこの世に発明されてから200年以上経ちますが、21世紀初頭まではMBSEなど考えなくても開発は成立してきました。理由を大きく二つに分けてご説明します。

 一つ目は、自動車は主に「機械工学」の側面が強い製品であったということです。エンジニアリングとしては「~~の力が** N」「~~の温度が**℃」…という物理学的な議論が中心で、そういった事を考慮した部品を図面に落とし込み、BOM(Bill Of Material:部品表)を管理し、3D-CADデータやその他ドキュメントを補助的に扱っていれば成立していました。必要知識分野が「機械工学」を主としていたために、分野横断的な開発プロセスの必要性が薄く、設計情報やコミュニケーションの複雑性が昨今の開発ほどでは無かったのではないでしょうか。

図1:機械後学を中心とした検討成果物・インフラ

 二つ目は、これまでの自動車開発は変更規模が小さかったということです。自動車というものは、基本原理は同じであったと言えます。「アクセルを踏んで、燃料と空気を燃焼させてトルクを発生して車軸に伝える」「ハンドルを回してタイヤの向きを変えて方向転換する」「ブレーキを踏んで摩擦力を発生させて減速する」どれも自動車が発明されたから変わっていません。もちろん性能向上や機能追加はありましたが、基本的なシステム構成としては同じモノを、少しずつ変化点を加えながら進化してきたものと言えます。

 このような開発は、既に市場に出ている従前車をベースに「改良レベル」の変化点を与えて開発をすることになりますが、従前車が既に市場で様々な使われ方をして「要求分析」を済ませてくれています。新たな変化点に対する「要求分析」はもちろん必要ですが、変化点が小さいと要求漏れの影響もそれほど大きくありません。

こうして“MBSE無し”の自動車開発が成り立ってきたと言えます。

図2:自動車は基本的なシステム構成を踏襲しながら進化してきた

これからの自動車開発

 さて、近年「100年に一度の大変革」と言われる自動車開発においてはどうでしょうか?「機械工学」以外の領域にも検討分野は拡大し、また大幅な変更が必要になってきました。例えば、以前は「新しい車は●●馬力、燃費は△△km/L」等というような性能向上であったのに対し、「自動運転ができる」「インターネットでつながっている」等の機能追加により、電子制御やIT分野の知見が大幅に必要になりつつあります。また、これまでの内燃機関を動力源としたコンセプトが大幅に変わり、動力が電動化しています。これでは先述した「MBSEが無くても良い理由」が通用しません。

 このままMBSE無しで自動車を大変革させるとどうなるでしょう?

機械分野以外の多くの分野にまたがる設計者間で検討を進め、設計情報を管理してコミュニケーションをとっていかなければなりません。例えば、自動運転のため加速操作を制御するとした場合、「車両を加速する操作を行ったときのメカニカル応答」を機械設計者が、「制御エラーによる意図しない加速をどのように検出して対策するか」を制御設計者が検討します。こういった検討内容を、どのように成果物に残していくべきでしょうか?これまでの機械設計図面とBOM(Bill Of Material、部品表)や3D-CADを中心とした設計情報管理では通用しません。図面以外の設計情報の記述ルールを整えて運用していく必要があります。

図3:分野横断的なエンジニア間での設計情報記述ルール&インフラが必要

また、変更規模の大きな開発は従前車で保証されていた「これまでできて当然だったこと」が突然できなくなる可能性があります。例えば、これまでの内燃機関車は長い下り坂であってもエンジンブレーキを使い続けることができていたので、摩擦ブレーキへの負担を減らすことができていました。しかし、EVになったらどうでしょうか?電力回生が代替になるでしょうが、SOC(State Of Charge、動力用バッテリの充電率)が100%になってしまったら、回生による電力の行き場がなくなり、電力回生ができなくなります。その結果、減速手段は摩擦ブレーキしかありません。摩擦ブレーキだけで長い下り坂を耐えられるでしょうか?

構造を大きく変えるということは、このような検討項目を見落とす可能性が高くなります。こういった「要求分析」の漏れは、改めてしっかりとMBSEをすることで「要求のおさらい」をしておかないと、製品を試作してから致命的な欠陥に気づいてやり直しをする手戻りが発生することも起こり得ます。または最悪の場合、市場でそれが発覚する可能性も高くなります。

図4:自動車が下り坂で速度抑制する振る舞いの検討

MBSEを適用した自動車開発

 MBSEを適用した自動車開発のイメージを部分的に簡単に想像してみましょう。

 例えば、自動運転をするための機能設計をする場面においては、機能フロー図(Activity図)等で「どのシステムが何をするか」「各機能が成立するためにはシステム間でどんなやり取りが必要か」等の情報を記述し、そういったデータをもって各分野のエンジニアがコミュニケーションを取りながら、検討結果として情報を残していく事ができます。様々なエンジニアがそれぞれの成果物を作って情報管理を行うよりも、「全員で共通のものを見ながら設計することのできる成果物」を元に設計することで、エンジニア間の認識齟齬を防ぐこともできます。

図5:自動運転に関する機能フロー図の一例

 また、要求分析の漏れを防ぐためのプロセス例を取り上げてみます。そもそも自動車に求められる要求を、自動車の外部要素(ステークホルダ・外部システム)の目線で考えます。これにより「長い下り坂を安全に下ることができる」というような、今までは当たり前すぎて考えもしなかった要求を改めて書き物にし、そこから要求を分解して、どのようにそれを達成するかを考えます。これまでは摩擦ブレーキとエンジンブレーキで達成していたものを、エンジンブレーキが使えなくなったらどのように達成するか?ということを深く考えるためのきっかけになります。

図6:車両の外部要素の目線でステークホルダ要求を導出
図7:ステークホルダ要求をシステム要求に書き換え、それを各システムの要求に分解

マスター情報としての設計成果物:モデルファイル

MBSEでは、上記のような内容を延々と一つのモデルファイルに書いていき、それが多くの人間が確認する「マスター情報としての設計成果物」となります。多くの設計者が同じものを見てコミュニケーションを取り、必要な検討項目を考え、記述していくため、コミュニケーションの齟齬も削減できるでしょう。また、図表間の記述内容の矛盾を抑制、半自動での図表作成等により、業務の効率化やヒューマンエラーの防止にも役立つことが期待できます。

このように、MBSEによる「次世代の図面」を設計成果物として活用してコミュニケーション・設計情報の管理・エビデンスの保持をすることが有効になっていくと考えています。

図8:モデルファイルをマスター情報とした設計検討

MBSEを用いて開発を加速するには?

MBSE手法を用いて作成するモデルファイルを活用することで、設計の効率化・合理化が図れることがお分かりいただけたと思いますが、「MBSEでの開発経験が十分でない中で、期待通りのモデルファイルの構築ができるだろうか?」という不安が残るかもしれません。その不安の解消は、MBSEコンサルティングの豊富な実績を持つサイバネットMBSEにお任せ下さい。要求分析から始まり、システムズエンジニアリングの考え方で課題解決にふさわしいアーキテクチャの設計、SysMLモデルの構築まで、お客様に寄り添って的確なアドバイスをさせて頂きます。まずは、お問合せフォームから「詳細打合せ希望」とお問合せ下さい。そこからMBSEによる開発の第一歩が始まります。