~理論で終わらせない 実務で使うMBSE~

MBSE入門

MBSEはどこで使われてきたか

MBSEとは、「Model Based Systems Engineering(モデルベース・システムズ・エンジニアリング)」の略称で、「モデル」を用いて、「システムズ・エンジニアリング」を実践しながら製品開発を進めることです。MBSEの基となる「システムズ・エンジニアリング」の概念は1960年代から米国で登場し、航空・宇宙、防衛・軍事、輸送機器関係などを中心に広がってきました。

国内において、MBSEは航空・宇宙産業や自動車業界などの研究機関や大手企業を中心として、制御設計や組込みソフトウェア開発などで採用されてきました。2019年ごろから、日米貿易摩擦の長期化により、特に自動車に関わる製造業において市場の成長が懸念されていたことから、大手を中心に設計開発体制の改革に取り組む動きが加速し、その中で、MBSEへの取り組みを宣言する企業が少しずつ見られるようになりました。

そうはいっても、国内においてMBSEを実践する企業の数は、大手企業を含めても多いとはいえず、まだまだ啓発が必要である状況と言えます。国内でMBSEがなかなか広まらない背景としては、日本の製造業が長年、部分最適化された組織による「すり合わせ設計開発」を得意としてきたこと、また、業界全体でドキュメント類の標準化やデジタル化の動きが欧米と比較して遅れていることなどが挙げられます。

MBSEを導入するには

MBSEは、単に専用のシステムやツールを導入することで成功するわけではありません。

導入するに当たって、最も大事なことは「目的を明確にし、見失わないようにすること」です。MBSEを用いることで、自社の経営ロードマップや製品において、どのような理想を実現するのか、具体的にしなければなりません。それに対して、どのようにその評価や分析を行うかどうかも定めます。

MBSEを実践するに当たり、組織体制や人材育成についても、併せて検討していきます。MBSEは、それぞれの技術部門が個別に任務を遂行するだけではなく、異分野の密な連携が重要です。開発部門だけでなく、経営、企画、製造、営業といったさまざまな部門間の連携、さらには外部の企業と連携する必要もあります。そうした異分野・異組織の間に入り、上手に取りまとめができる推進リーダーを置いたり、横方向の連携をしやすい組織構成や会議体を検討したりといったことが必要です。トラディショナルな日本企業における、専門領域ごとで最適化された組織からは、大きく変えなければいけません。

そうした体制の下で、製品開発におけるあらゆる情報(仕様や要件、設計意図、図面類、構造、製品の動作など、あらゆる設計情報)を、MBSEにおける共通言語となるモデルデータ「SysML」に置き換えていきます。

MBSEを進めるためのおおよその手順は以下のようなものです。

  1. 情報整理と情報の構造化――既存資料の整理、現場へのヒアリングなどを行い、モデルの基になる情報の構造を作る。
  2. MBSEツール展開、情報の可視化――(1)で構造化した情報を、MBSEソフトウェアを用いて、SysMLでモデル化する。
  3. システム化、現場展開――情報のメンテナンスや共有を効率化する。さらに必要に応じて、モデルからドキュメントを生成する。

MBSEでは、従来、ドキュメント(書類)で管理してきたそれぞれの情報を、SysMLによるモデルに換えていきます。具体的には製品の設計の流れや機能を、フローチャート(ダイヤグラム)やマトリクス(表)などで表現していくことになります。もともと、あちこちの書類を参照しながら、担当者が頭の中で整理しながら処理していたことを図表で可視化していくイメージです。

しかしSysMLはいわゆる「言語」であるので、それを知らない担当者は、まずは上記のモデル化をするためにそれを習得する必要があります。ただし、MBSEをベースとした業務を行う全員が習得をする必要はなく、上記のモデリングを行う担当のみが必要な知識です。

MBSEに関わり業務を行う人たちの多くは、MBSEのソフトウェアが提供する機能を用いて業務の情報にアクセスするか、そこから生成されたドキュメントを利用することになります。生成データは、現場が使い慣れたMicrosoft WordやExcelのデータにすることができます。現場の出力データの一部がこれまでと同じだとしても、SysMLのモデルを核として、製品開発の情報の一切が管理されていくことになります。

MBSEを実践しやすくするためには、自社が定めた方針や目標、開発製品の特徴に合ったMBSEソフトウェアを選定することも重要です。

MBSE導入事例

以降では、サイバネットMBSEによる典型的な事例を3つ紹介します。

設計順序の最適化

まずは自動車開発における、要素とサブシステム間の複雑なすり合わせ設計の課題をMBSEで解消した例です。この例でも、機械、電気、制御・ソフトウェアと分野別に設計を進め「すり合わせ設計開発」を行っていました。

製品のシステムが複雑になるにつれて、背反する特性値の調整に手間や時間がかかる場合があります。さらに膨大な特性値について、どういう順序で検討を進めていくべきかを明確に定義することは困難な場合があります。製品全体の特性、さらにサブシステム特性、部品特性を決めていくに当たり、さまざまな制約条件があります。特性値の決定をするための順序はますます複雑化するため、設計プロセスを最適化することは大変困難になります。

この場合、従来はベテラン技術者のノウハウを頼りにしながら、複雑で多岐にわたる検討を人海戦術的に行うしかありませんでした。また、設計マニュアルを作りプロセス整備をすることも行われていましたが、分野ごとに設計システムやデータ形式がバラバラであることもあり、複数の部署や担当者に業務を割り振る際、余計にプロセスが複雑化してしまうことにつながっていました。

このような状況を打破するため、MBSEを用いて、機械、電気、制御・ソフトなどの複数分野にまたがり、要求分析から検証までの開発工程全般をモデルベースで効率よく進められるようにしました。

MBSEツールでは、まず複数の専門領域を横断した機能・構造割り付けや、影響連鎖を可視化しました。そしてその情報を、開発要求の明確化やリスク分析、知見の横展開や技術継承、実験業務の質向上・効率化、原価見積もり、CADでの詳細設計、原理解明や要素技術開発、設計共通化など、さまざまな場面で活用していけるようにしました。

設計成果物管理

MBSEでは、設計成果物(設計エビデンス、証跡)の効率的な管理が可能です。例えば顧客の手に渡った製品でエラーが出てしまった場合、従来の管理方法では手間や時間が非常にかかる場合もよくあります。過去の設計データまでさかのぼって情報をトレースする場合、まず設計担当者を探して、情報について尋ねることもしなければなりません。最悪な例では、設計担当が退職してしまった、あるいは記憶がおぼろげになっているなどで、情報探索が難航する場合もあります。また、せっかく見つけ出した情報も、更新箇所にムラのある場合があります。

そこで、設計現場担当者に設計エビデンスについてじっくりと聞き取り調査を行いながら、整理すべき情報の明確化と構造化を行っていき、モデル化していきました。そうしておくことで、担当が変更になった、あるいは誰かが退職したとしても、過去の設計成果物の情報が、一つの情報を手掛かりに、芋づる式に引き出せるようになりました。また、保守対応などの情報更新も、MBSEツールを介することで、モデルで管理されているデータベースにすぐ反映することが可能になりました。

機能影響抽出

自動車開発における設計段階の悩ましい困りごとの1つとして、各機能間の影響箇所の検討漏れが起因となって、実車検証になった段階で不具合が発覚してしまうケースがあります。この段階での不具合発覚となれば、複数の設計部門の設計資料を探し回り、原因を特定しなければなりません。さまざまな資料の確認や読み解きには時間がかかるため、その分工数が膨れ上がることになります。さらに検証用の車両も作り直しして、検証しなおさなければならなくなる場合もあります。

この場合でも、MBSEで設計情報をモデル化しておけば、領域横断した機能や構造の割り付け影響の連鎖を可視化できます。MBSEで不具合の根本的原因に着目し、開発初期段階の機能影響箇所の抜け漏れを抽出する仕組みを構築することで、後工程でのエラー発覚の抑制と開発期間短縮に成功しました。

MBSEならサイバネットに

上記で述べてきた内容において、大きな組織改革を伴ったり、SysMLの知識がある人材を配置したりということは、企業や組織単体ではなかなか簡単にはいかないことかもしれません。MBSEを実践できる人材を国内で探したり、社内で一から育成したりすることも、一企業の努力のみで短期間に行うことは困難かもしれません。

さらにMBSE導入に関して公になっている情報については、既存事例では欧米発のものが多く、国内の具体的な事例については、なかなか公になっていません。抽象的な方法論と数少ないうえに情報も足りない国内事例をベースに、自社だけで取り組むのはなかなかハードルが高いことではないかと思います。

サイバネットMBSEはこれまで、国内における自動車業界を中心に、MBSE導入プロジェクトに複数関わってきました。日本の組織の実情に合った「サイバネットメソッド」によって、MBSEを導入したい顧客と共に、企業が抱える課題整理を一緒に行い、グランドデザインを設定するところから始めています。ダッソー・システムズのSysMLモデリングツール「CATIA Magic」「No Magic」などを用いて、課題解決に必要なSysMLによる記述モデル作成支援も行っています。併せて、MBSE実践のための教育プログラム(初級編から応用編)も提供しています。

わたしたちサイバネットMBSEを、設計改革の右腕としていただけますと幸いです。